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【撮影地情報】新川運河キャナルプロムナロードと歴史散策

神戸市兵庫区にある「兵庫運河」は100年以上の歴史を持つ日本最大級の運河になります。

和田岬の北側あたりの海岸は、かつて「大和田泊(おおわだのとまり)」と呼ばれ、古くから貿易が盛んに行われていましたが、西から兵庫の港(のちの神戸港)に入る船は、波や風の強い和田岬を回らなければならず、多くの船が海難事故にあっていました。

1876年(明治9年)に船が安全に避難できるような泊地と、荷上場を作り貿易をし易くなることを目的に「新川運河」が完成しました。

1899年(明治32年)に「新川運河」と東尻池の海岸を結び「兵庫運河」が完成し船を波風から守り、荷上場として大きな役割を果たしました。

「新川運河」の一部に「キャナルプロムナロード」と呼ばれる遊歩道が整備されています。

最寄駅は神戸市営地下鉄海岸線「中央市場前駅」。1分ほど歩くと「キャナルプロムナロード」に着きます。

きれいに整備され、ベンチがたくさんありゆっくり時間が流れています。

この時はたくさんのハトが飛び交い、鳥は狩りをして魚を咥えていました。ちなみに釣りは禁止されています。


このまま歩いていくと水門があり、ここまでの約300mの遊歩道がキャナルプロムナロードになります。遊歩道にはいろいろなモニュメントや石碑などがあります。

この石碑は兵庫城跡の石碑になります。この「兵庫城」は、1581年(天正9年)に築城されました。築いたのは織田信長軍の武将で池田恒興になります。その後、明治時代には兵庫県庁となり伊藤博文が初代知事として赴任しました。その後、新川運河が作られたため兵庫城跡は取り壊されたようです。

また、新川運河にかかる入江橋に「平清盛」のキャラクター「清盛くん」の人形があります。

この大輪田泊は「清盛」の父「忠盛」の時代から宋との交易を行っていて、「清盛」の時に大修築工事が行われ日宋貿易の拠点となりました。1180年に太政大臣へと昇り詰めた「清盛」はこの大輪田泊に福原京を作り京都から移されました。

「鳴くよウグイス平安京」の794年の平安京遷都から約400年続いた平安京からの遷都を「清盛」は強行しました。しかし政情不安から半年で挫折し京都に戻ることになりました。

近くには「清盛塚」があります。

「清盛塚」と呼ばれる十三重石塔は、清盛の遺骨が納められているという説でしたが、大正12年の調査で墳墓でなく供養塔になります。

また、近くに「清盛」の出家した「能福寺」があります。この寺は最澄が延暦24年(805)に、日本最初の密教教化霊場として創建されました。「清盛」により福原宮が設けられ際には、平家一門の祈願寺に定められました。そしてここの境内に「清盛」の墓があります。

またもう一つ「能福寺」には「兵庫大仏」が鎮座しています。こちらの大仏はなんと座高11m、全高18mあります。奈良の大仏(東大寺)、鎌倉の大仏(長谷高徳院)とともに、日本三大大仏のひとつに数えられています。

歩いていると街の中に突然に巨大な大仏が見えてきます。

後ろ姿にも迫力があります。


鎖国が解除されて兵庫港が開港したことで、1891年(明治24年)に仏教のシンボルとなる大仏が建立されました。この大仏は1944年(昭和19年)に一度金属類回収令で解体されました。そして現在の大仏は1991年(平成3年)に解体された金属片を混入し再建されたものです。

 

運河から始まり平清盛、城、大仏などそれぞれの時代の歴史を感じる散策ができ、まだ他にもお寺や神社等歴史的な物も多くあります。

<アクセス>

■キャナルプロムナロード

神戸市営地下鉄・海岸線「中央市場前駅」から徒歩1分

■清盛塚

神戸市営地下鉄・海岸線「中央市場前駅」から徒歩約10分

■能福寺

清盛塚から約400m

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